退院が決まる直前、外泊を許可された。
彼は満たされない食事の量や自由な外出を黙って耐えていた。理由は敢えて聞かなかったが、他の患者さんの不満や雰囲気からこの病院の在り方は人権を問うものだった。
久しぶりに自宅に帰れる嬉しさから、お土産に何が欲しい?と彼に聞いた。
彼は腕時計が欲しいと言った。
腕時計?何で?と聞くと、持ってないから と短い返事が帰ってきた。
私達はまだ付き合っている訳でもなかったし、高価なものはちょっと…と思ったので
少し考えてから 分かった と伝えた。
私の心の中にこの病院とも、病院にいる患者さんともお別れを告げようと思った。一生、さようならだと決めた瞬間だった。
外泊から帰ってきて彼には約束した時計を渡した。彼はとても喜んでくれた。
退院する前の2日前、彼から就寝時間直前の暗くなったデイルームで話をしようと言われた。
特に話をすることなく椅子を並べて座っている時、二人の感情が高まったようにキスをしていた。
退院する前の日も椅子を並べて座った。
彼は強く私を抱きしめてくれた。
退院する日、こっそり手紙をくれた。内容は
連絡するからね、退院したら絶対に会おうと書いてあった。 最後に固い握手をしてさよならをした。
私はその場の恋愛だったのかな?と思っていたが、彼にとっては恋愛スタートだった。
田舎のバス停から自宅へのバスターミナルまでの約一時間は疲れきって覚えていない。